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高松地方裁判所 平成2年(行ウ)5号 判決

主文

一  原告の被告観音寺市教育委員会に対する訴えを却下する。

二  原告の被告観音寺市に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告観音寺市教育委員会(以下「被告教育委員会」という。)が昭和五九年四月一日付けをもってなした、原告に対する観音寺市立郷土資料館主幹補に補する旨の処分はこれを取り消す。

2  被告観音寺市(以下「被告市」という。)は、原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する平成二年七月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  第2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告教育委員会)

1 本案前の答弁

主文一、三項同旨

2 本案の答弁

(一) 原告の被告教育委員会に対する請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

(被告市)

主文二、三項同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和二八年五月一日伊吹村立伊吹幼稚園助教諭として採用され、同村が昭和三一年町村合併により被告市となった後、観音寺市立伊吹幼稚園、観音寺幼稚園等に勤務し、昭和五七年四月一日観音寺市立高室幼稚園長に任命された。

2  ところが、原告は、被告教育委員会から、昭和五九年四月一日、観音寺市立郷土資料館主幹補に補せられ、同資料館勤務を命ずる処分(以下「本件処分」という。)を受けた。

3  原告は、本件処分につき、昭和五九年五月二八日観音寺市公平委員会に対し、審査請求をしたが、同公平委員会は、平成二年四月二七日、本件処分を承認する旨の裁決をした。

4  しかしながら、本件処分は、被告教育委員会で審査されることなく、教育長(当時、関武雄)が無権限でなしたものであり、まず、手続的に無効である。

5  また、原告は、専門職である教育職として採用されたものであるところ、本件処分は原告を一般職に降任させるものであるから、本件処分は地方公務員法二八条一項所定の事由がなければできないのに、そのような事由がないまま原告の意に反して原告を降任させたものであり、実体的にも違法である。

6  仮に本件処分が降任でなく転任であるとしても、原告を教育職から他の職種へ転任させる必要性も合理性もなく、本件処分は、人事権行使の裁量権を濫用又は逸脱した違法なものである。

7  原告は、本件処分により、精神的に多大な損害を受け、その額は二〇〇万円を下らない。

8  よって、原告は、被告教育委員会に対し、本件処分の取消しを求めるとともに、被告市に対し、損害金二〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成二年七月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の事実は認め、同4ないし7の事実は否認する。

三  本案前の被告教育委員会の主張

原告は、観音寺市職員の定年等に関する条例(昭和五九年条例第三号)第二条及び第三条により、平成三年三月三一日に定年退職し、被告市の職員たる地位を失った。よって、原告は、本件処分の取消しを求めるについての法律上の利益を失った。

四  右主張に対する原告の認否、反論

原告が退職した事実は認め、本件処分の取消しを求める法律上の利益を失ったとの主張は争う。

五  被告らの本案の主張

1  教育長の権限について(請求原因4の手続的違法の主張に対し)

(一) 昭和五九年四月一日付けでなされる観音寺市立小中学校県費負担教職員及び観音寺市立幼稚園職員の人事異動については、同年三月二七日に開催された被告教育委員会の臨時会において付議されたのであるが、その時点において、市長部局の人事異動の決裁がなされておらず、被告教育委員会としても、市長部局との人事交流がある関係で最終決定ができず、結局、同臨時会において、幼稚園の園長の人事異動を含め、教育長の専決に委ねることを決定した。本件処分は、右決定に基づいて教育長が専決したものである。

(二) 教育委員会の権限に属する事務を教育長に専決させる制度は広く行われているところであり、被告教育委員会においても、訓令(教育長専決規程)の形で定めている。もっとも、同規程においては、幼稚園の園長に係る任免その他の進退については、専決事項から除外されており(同規程二条一項二号但書)、本件処分の対象が右専決除外規程に該当する事項であるか否かは問題の存するところであるとしても、右のとおり、本件処分については、被告教育委員会が教育長の専決に委ねる旨を決定したものであるから、本件処分を決した教育長の権限に問題はなく、無権限の者によってなされた旨の原告の主張は誤りである。

2  降任について(請求原因5の主張に対し)

原告は、本件処分は降任処分であると主張するところ、降任処分については、原告主張の事由が必要であることはいうまでもないが、本件処分は、次のとおり、降任には該らないものである。

すなわち、地方公務員法一七条一項にいう「昇任」又は「降任」と「転任」を区別する基準となる職相互間の上位、下位又は同位という関係は、成文法令に定めがない場合には、基本的には任命権者の職相互間の位置付け(過去の取扱例(慣行)を含む。)によらざるを得ず、その場合には給料の格付けが重要な判断要素になるし、人事異動における取扱例も充分に斟酌すべきである。この点、被告市は給料の格付け、人事異動等に当たって、幼稚園長の職及び主幹補の職を原則として「係長」(観音寺市職員の職名に関する規則二条四号)の職と同等に取り扱っているし、原告についても、本件処分の前後を通じて、二等級一九号俸の給料が支給されており、また、本件処分は分限処分としてなされているわけではないから、高室幼稚園長の職と郷土資料館主幹補の職とは同等に位置づけされているといえる。

しかも、郷土資料館主幹補の職は、観音寺市及びその周辺の歴史、民俗等に関する資料の保存と活用を図り、市民文化の向上に資するという目的のもとに、右資料の収集、整理及び保存、右資料の展示及び公開、右資料の専門的な調査及び研究等の業務を遂行するという職責を有するものであり(観音寺市郷土資料館条例)、なおかつ、郷土資料館の運営の実質的責任者であることを考えれば、高室幼稚園長の職より下位に位置するとはいえない。

3  裁量権の濫用、逸脱について(請求原因6の主張に対し)

被告教育委員会が本件処分を行うに至った事情は次のとおりである。

(一) 原告は、昭和五七年四月一日に高室幼稚園の園長に就任後間もなく園児の父兄との協調を欠くようになり、ついには対立するようになった。そして、同年秋ころから、被告教育委員会に対しても、原告による児童の教育、指導が不適切であるとの不満が父兄から続出し、PTAとの連絡、協調を著しく欠くとしてPTAから原告の排斥運動が強くされるようになった。被告教育委員会は、昭和五八年四月の異動時期において、原告の転任を検討したが、さらに実績を見極めるために、同年の異動の対象とせず、園長を補佐する主任について異動の措置を講じた。しかし、その後も、新年度のPTA役員が選出されないなど、原告と父兄らとの対立は深まり、被告教育委員会からの度重なる改善の指導や助言に対しても原告は態度を改めることがなかった。

そして、昭和五八年五月には、父兄ら約一五〇名の連署によって原告の配置換えを求める嘆願書が被告教育委員会に提出され、他方、この風評を聞きつけた市内の他の幼稚園関係者から、自分達の幼稚園への転任を避けてほしい旨の要望が相次いでなされた。

(二) 一方、郷土資料館は、被告教育委員会の所管に属する文化的・教育的機能を持った施設であり、同施設には、児童・生徒・学生も学校等の行事でしばしば入館し、教育的指導をする機会も多いという実情もあり、郷土資料館主幹補の職にある者には、文化的・教育的資質が要求される。そして、郷土資料館の専任職員は一名であり、他の職員とのトラブルの発生の機会も乏しかった。

本件処分は右のような事情を総合勘案し、原告をこれ以上高室幼稚園長の職に据え置くことは事実上不可能であり、他の幼稚園長の職に任命しても同種の問題の発生が予想されるとの判断に基づいて行われたもので、公務上の必要ないしは合理的理由に基づくものであり、まさに裁量権の適正な行使の結果である。

4  損害賠償請求権の時効

本件処分から既に三年が経過したので、被告市は、原告に対し、平成二年九月四日、右時効を援用する旨の意思表示をした。

六  被告の主張に対する原告の認否、反論

1  被告の主張1について

右主張の事実は否認する。

本件処分は当時の関武雄教育長が独断で行ったものである。そして、教育長専決規程二条一項二号但書によれば、本件処分を教育長が専決できないことは明らかである。

仮に、昭和五九年三月二七日の臨時会において、被告教育委員会の結論を出せない特別の事情があるのであれば、同日以降同年四月一日までの間に臨時会を召集開催することは可能であった筈である。

2  被告の主張2について

(一) 原告が本件処分の前後を通じて二等級一九号俸の給料の支給を受けたことは認めるが、その余の主張は争う。

(二)(1) 教職が専門職であることは、ILO・ユネスコ「教職員の地位」勧告六項において「教育の仕事は専門職とみなされるものとする。」云々とうたわれているように、当然の法原理である。また、教員の身分保障は、子供の教育を受ける権利、学習権の保障に連なるものとして、一般職公務員における身分保障以上のものでなければならない。ILO・ユネスコの右勧告八項、四五項においても、教員の身分・労働条件の保障がうたわれており、教育基本法六条二項も「法律に定める学校の教員は、全体の奉仕者であって、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努めなければならない。このためには、教員の身分は、尊重され、その待遇の適正が期せられなければならない。」と定められている。教育公務員特例法は、大学教員の具体的身分保障を規定し、大学以外の学校の教育公務員については規定してないが、これら教育公務員の身分保障についても、教育基本法六条二項の特別身分保障の原理に基づいて考えなければならない。

(2) ところで、観音寺市立郷土資料館における実質的職務内容は、観音寺市とその周辺の歴史、民俗に関する資料の保管、展示にすぎず、資料館主幹補は教職の身分を有しないものであり、原告は本件処分によって教職の身分を失わされたものである。

また、郷土資料館における職務は、昭和五五年設置後、原告が主幹補となるまでは、臨時職員一名によって運営されてきた程度の閑職であって、到底幼稚園の園長職と同列に扱われていたものとはいえないし、幼稚園長の場合は学校教育課長が上司として存在するとはいえ、実質的には園長が園の全責任をもつ立場にあるのに対し、郷土資料館主幹補は、実質的にも同館長の指導監督下に置かれ、その権限は極めて制約されたものとなった。

右のとおり、俸給に変わりがないとしても、本件処分の前後により、原告の実質的な権限や待遇には、大きな差があるのであって、本件処分は降任処分であるというべきである。

3  被告の主張3について

(一) 被告の主張3(一)の事実中、約一五〇名の署名による嘆願書が提出された事実は認め、他の幼稚園関係者からの要望があったことは不知。その余は否認する。原告が対立したのは父兄ではなく、PTA会長であり、その原因も酒席の態度等の教育以外の原因によるものである。約一五〇名の署名による嘆願書は、PTA会長らが事情を知らない者たちを含めて署名を集めたものにすぎないし、新年度の役員選出が遅れたのも、開いた総会に前年度の役員らが欠席して、事実上総会を行うことができなかったためである。

(二) 同3(二)の事実は不知。

(三) 同3のその余の主張は争う。

仮に本件処分が降任でなく転任であるとしても、転任処分の判断に際しては、転任の必要性、当該職員の選定の合理性、職種の差異の程度、職員の経歴その他に照らし当該職員の被る不利益等を総合的に勘案する必要がある。その場合、前述した教職の専門職性及びこれに基づく特別身分保障に照らせば、教職の転任は原則として本人の希望ないしは指導助言的な話合いにより得られる本人の承諾に基づくべきである。特に、原告は伊吹村において職員として採用されるに際し、事務吏員ではなく、幼稚園の助教諭として採用されており、職種を限定した労働契約がなされているから、異なる職務の労務に従事させる場合には、原告の同意が不可欠である。また、従前、観音寺市立郷土資料館は臨時職員によって運営されており、原告を転任させる必要性は存しない。さらに、本件処分は原告の教職者としての特別の身分保障を剥奪し、共済組合についても公立学校共済組合から市町村職員共済組合に変更になったことによって共済会費等の増加、付加給付の減少という不利益を被った。これらの事情を総合的に勘案すれば、本件処分は、人事権行使に当たりその裁量権を濫用し又は逸脱したものである。

4  被告の主張4について

消滅時効の起算点につき、被告市は本件処分のあった時を主張するが、起算点は、観音寺市公平委員会において裁決がなされた平成二年四月二七日であるというべきである。原告は、この時に、本件処分の取消しが認められず、損害が発生したことを知ったからである。

第三  証拠

証拠関係は本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一  被告教育委員会に対する本件処分の取消請求について

原告が定年退職し、被告市の職員たる地位を失っていることは当事者間に争いがない。してみると、特段の事情のない限り、本件処分の取消しを求める利益は失われたものと解すべきところ、右特段の事情についての主張立証はない。(原告が退職後においても、市町村共済互助会の会費や給付の一部について、公立学校共済互助会のそれらと較べて不利な処遇を受けるとしても、行訴法九条括弧内にいう処分の取消しによって回復すべき法律上の利益を有する者に当たらない。)

したがって、被告教育委員会に対し本件処分の取消しを求める訴えは、訴えの利益を欠き、却下を免れない。

第二  被告市に対する損害賠償請求について

一  甲一ないし七、乙一の1、2及び5、乙二ないし九、証人関武雄の証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

1  原告は、短大在学中に中学校と幼稚園の教員資格を取得した後、昭和二八年五月一日、伊吹村立伊吹幼稚園助教諭として採用され、昭和三一年に伊吹村が町村合併によって観音寺市となった後は、観音寺市立の各幼稚園の助教諭、教諭を歴任していたが、昭和四九年四月一日からは、教育現場を離れ、教諭の地位のまま、観音寺市教育委員会事務局に勤務していた。昭和五一年四月一日からは、原告の承諾の上で、教諭の地位を離れて一年間観音寺市立図書館職員に任ぜられたが、昭和五二年四月から教育委員会事務局勤務に復帰し(再び教諭に任ぜられたのは翌五三年四月一日)、昭和五六年四月一日から一年間は観音寺市立幼稚園充指導主事に補され、観音寺市教育センターに勤務した後、昭和五七年四月一日からは観音寺市立高室幼稚園長の職にあった。

2  しかし、原告着任後、まもなく、PTA会長である石川和則方に着任のあいさつに赴いた際、同会長から、原告がかつて伊吹幼稚園に勤務していた当時、父兄から原告の排斥を求める署名運動があったことを指摘されて歓迎されず、また、自己の指導方針によって、順次、保育体勢の改善を図ろうとする原告と、これを望まない職員や父兄との間に園児の指導方針、PTAとの連絡協調などをめぐって、不和が生じるようになり、園児の父兄は昭和五七年秋頃から原告に対する不満を被告教育委員会に陳情するようになった。そして、昭和五七年一二月には、園児の父兄らから、運動会の忙しい時に要点のない話を三〇分以上するとか、遠足の時に園児を叱り、首をつかんで並べて写真撮影をしたとか、子供の前で先生を叱りまくるなどとする原告の行動を一五項目の問題点として指摘した上、原告の配置替えを求める嘆願書が被告教育委員会に提出された。被告教育委員会では、同月一三日、原告を呼んで指導し、さらに、同月二三日、同幼稚園の原告以外の全職員を呼んで、原告と協調していくように指導した。

3  原告は、昭和五八年二月の人事異動希望調査において、他の幼稚園に異動することを希望した。被告教育委員会の職員の間には原告を異動させるべきであるとの意見も出された。しかし、被告教育委員会は、高室幼稚園の職員の中で、園長を補佐する立場にある主任と原告の不和がめだったことから、昭和五八年四月の人事異動においては、原告を転任させるのではなく、主任を異動の対象とし、もう一年間様子を見ることにした。

4  しかしながら、昭和五八年四月に新年度のPTA総会を召集したが、前年度のPTA会長石川が協力せず、欠席したため、会長の選任に至らないという事態を迎えた。被告教育委員会は昭和五八年四月一五日と同月一八日にわたり原告を呼んで石川に会長就任を依頼するよう指導したが、原告は、そのような仕事は園長の職務でないとし、父兄側の責任においてなすべきとの態度であったため事態は好転せず、園児や翌年度の入園予定者らの父兄は、再び、原告を園長から排斥しようとの署名運動を行い、昭和五八年五月、原告の配置替えを求める嘆願書(署名者総数約一五〇名)を被告教育委員会に提出した。その後、このような噂を聞きつけた他の幼稚園の地区の者から、被告教育委員会に対して、自分たちの地区の幼稚園に異動させないようにとの要望が相次いで寄せられるようになった。また、PTA会長の選任については、その後も原告からも父兄側からも歩み寄りの努力をせず、会長も役員もないまま一年間が経過することとなり、被告教育委員会も、原告を高室幼稚園長の職から外すことはやむを得ないと認識するようになった。

5  原告も、昭和五九年二月の人事異動希望調査において、同幼稚園を離れることを希望する旨記載し、園長職を離れて障害児教育に携わることをも希望した。

6  被告教育委員会内部では、他の幼稚園への異動について検討したが、地元関係者からは、その後も受け入れ拒否の態度が示されていた。また、障害児教育の担当についても、その父兄との問題が懸念され、事務局のポストについても職員からの反発があった。

7  こうして、昭和五九年三月二七日、観音寺市立小中学校県費負担教職員及び観音寺市立幼稚園職員につき四月一日付けでなされる人事異動を協議する被告教育委員会の臨時会が開かれるに至ったが、その時点において、市長部局の人事異動の決裁がなされておらず、被告教育委員会としても、市長部局との人事の交流がある関係で最終決定ができないことから、同臨時会において、原告の人事異動を含め、教育長の専決に委ねることを決定した。なお、幼稚園の園長の人事につき、教育長の専決に委ねることは、被告教育委員会の従来からの慣行でもあった。

8  観音寺市立郷土資料館は、観音寺市及びその周辺の歴史、民俗等に関する資料の保存と活用を図り、もって市民文化の向上に資するために設置されたもので、資料の収集、整理、保存、展示、公開、専門的調査及び研究の事業を行うものとされている。教育長は、原告の教育者としてのこれまでの経歴から、郷土資料館の右事業に従事することに適していること、同資料館の専任職員は一名であることから、他の職員と摩擦を起こす恐れがないことなどを考慮し、原告を同資料館の主幹補とする本件処分を行った。

9  教育長が本件処分を専決したことにつき、教育委員会内部で異議は述べられていない。

10  原告は、昭和五七年四月一日高室幼稚園長に補される際に、係長級として、観音寺市職員の給与に関する条例に基づき、三等級とされ、本件処分時には二等級一九号俸を支給されてきた。本件処分により補された主幹補は、観音寺市職員の職名に関する規則においては、係長級とされ、本件処分後も、同級の給与が支給された。

以上のとおり認められる。

二  右認定の事実をもとに本件処分の違法性の有無を判断する。

1  まず、本件処分は教育長が無権限でなしたものであると原告が主張する点については、確かに、観音寺市教育委員会の定めた教育長専決規程(昭和三八年九月二五日教育委員会訓令第一号)二条一項二号但書においては、幼稚園の園長に係る任免その他の進退については、専決事項から除外されているものの、右認定(一7)のとおり、原告に係る人事異動については臨時会において教育長に専決を委任したものと認められ、市長部局との人事交流の関係等の専決の必要性に照らすと、本件専決は手続的に適法なものと解するのが相当である。

2  次に、本件処分が降任であるとの原告の主張について考察するに、前記認定のとおり、原告は本件処分の前後において俸給表における職務の等級に変化はないし、幼稚園長と郷土資料館主幹補の間には、行政組織上、相互に上下の関係にあるとは認められないから、降任には当たらないというべきである。

原告は、いわゆる教育職から一般職への変更をもって降任と主張するが、それのみで上下の判断ができるものでないことはいうまでもないし、他に主張する権限や待遇の差異も法的根拠を有しない事実上の取扱いを指摘するものであって、右によって本件処分を法律上の降任に該当することを認めることはできない。

3  裁量権の濫用又は逸脱によるものであるとの点についても、前記認定の経緯によれば、原告の着任当初から父兄に様々な不満が生じていたものであって、被告教育委員会側の指導や主任の更迭にもかかわらず、結局、父兄らの原告に対する不満は解消されず、原告自身も自らに非はないとの立場で、何らの打開策も講じようとしなかったものであって、その対立の原因がいずれにあるにしても、父兄との協力及び信頼関係が不可欠な幼児教育の責任者として原告を据え置くことを不適当と判断した点に誤りは認められない。

そして、原告のいわゆる教育職としての立場を考慮して検討したが、結局、相当な転任先を見出すことができなかったため、教育的素養を必要とする郷土資料館勤務を相当と判断したものであるが、郷土資料館主幹補の職務の性格、本件処分前後で給与が同一であること等を総合すると、本件処分が原告の希望には沿わないものであり、また本件処分の結果、原告が地方公務員等共済組合法上、従前の公立学校共済組合から市町村職員共済組合へ加入したのに伴い、従前と較べて掛金率が幾分か高くなる反面、給付金では幾分か低額になったこと(この事実は原告の本人尋問の結果により認められる。)を十分に勘酌しても、なお、本件処分は、やむを得ないものであると言わざるを得ず、被告教育委員会が裁量権を濫用又は逸脱したものであるということはできない。

三  以上によると、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告市に対する請求は理由がない。

第三  結論

以上の次第であるから、原告の被告教育委員会に対する本件処分の取消請求の訴えは却下し、被告市に対する損害賠償の請求は棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

高松地方裁判所民事第二部

(裁判長裁判官滝口功 裁判官石井忠雄 裁判官青木亮)

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